翻訳と辞書 |
平盛綱 (高橋左衛門尉) : ウィキペディア日本語版 | 平盛綱 (高橋左衛門尉)[たいら の もりつな] 平 盛綱(たいら の もりつな、生没年不詳)は平安時代末期の武将。伊勢平氏に連なる平盛国の子、もしくは盛国の子盛俊の子と言われる。 盛国らと同様に平清盛に仕え、承安4年(1174年)には「盛国の別功の賞」をもって左兵衛尉に任官、安元元年(1175年)には内舎人正に任ぜられ、治承2年(1178年)には主馬頭を兼任した。降って治承4年(1180年)には左衛門尉の任にあったと『山槐記』に記されている。また讃岐守にも任じ、号として「高橋」を名乗ったという。 養和元年(1181年)に平家の侍大将の一人として墨俣川の戦いに参加。敵将の一人源義円を討ち取って名を挙げた。その後源義仲追討の戦いにも出陣したようであるが、その終焉の地については不明である。 == 関連項目 ==
* 伊勢平氏
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「平盛綱 (高橋左衛門尉)」の詳細全文を読む
スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース |
Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.
|
|